
新体操っていつからあるスポーツなんだろう?
新体操を習っていると、日々の練習や大会のことで頭がいっぱいになりがちですが、ふと「このスポーツっていつからあるの?」と気になったことはありませんか?🤔
新体操の歴史を知ると、今当たり前にやっている演技構成やルールの意味が、ぐっと理解しやすくなったりするかも・・?😊
今回は新体操がどうやって生まれ、どのようにオリンピック競技になっていったのか?日本にはいつ伝わったのか?などを、公式情報をもとにわかりやすく整理してみました📝
お子さんに「新体操ってね」と話してあげるときのネタにもぜひどうぞ😊
新体操のルーツはヨーロッパの「手具体操」🌍
新体操のルーツは、1920年代にドイツを中心に広まった手具を使う体操にあるといわれています。当時は今のような採点競技というより、音楽に合わせて身体を美しく表現する運動として広まっていきました。その後、この動きはヨーロッパ各国に広がり、1945年にはロシア(当時のソ連)で「新体操」という考え方が形づくられていきました。手具を操りながら音楽性・芸術性を競うという、今の新体操につながる土台がこの時期にできあがっていったんですね。
「新体操」という名前の由来📛
1963年、ハンガリーのブダペストで第1回世界新体操選手権が開催されました。このとき使われた英語名が「modern gymnastics(近代体操)」で、これが日本語の「新体操」という名前の由来になっています。
世界選手権という大きな舞台がスタートしたことで、新体操はここから競技スポーツとして本格的に歩みはじめました💃
オリンピック競技になったのはいつ?🏅
新体操がオリンピックに登場したのは、世界選手権開始からしばらく経った後のことです。
個人総合と団体総合、実はオリンピック採用のタイミングが12年も違うんです。
団体総合は個人よりもあとから正式種目になったというのは、意外と知られていないポイントかもしれません💡
今では個人・団体どちらも新体操の大きな見どころですが、こうした歴史をたどってきた末に今の形があるんですね😊
日本に新体操が伝わったのはいつ?🇯🇵
日本国内では、1968年の全日本学生選手権で初めて個人競技が行われました。
この大会をきっかけに「新体操」という名称が国内で使われるようになったといわれています。
今では全国各地にクラブチームがあり、フェアリージャパンの活躍もあって多くの子どもたちが新体操に親しんでいますが、そのスタートはこの学生大会だったんですね。
世界選手権開始から数年、オリンピック採用よりもさらに前のタイミングで、日本にも新体操の種がまかれていたことになります。
こうして年表にしてみると、日本での普及がオリンピック採用よりも早かったことがよくわかります👍
実は日本発祥!?知られざる「男子新体操」の歴史👦
「新体操って女子のスポーツでしょ?」と思われがちですが、実は男子新体操は日本発祥のスポーツなんです✅
戦後の日本で始まり、独自に発展してきました。
女子の新体操が世界中に広がりオリンピック種目になっている一方で、男子新体操は現在も国内の大会が中心となっています。
とはいえ国際化の動きもあり、海外の国々が参加する国際大会も開催されるようになってきました。
日本発祥のスポーツが世界に広がっていく様子は、これからも注目したいところです👀
歴史を知ると、応援の見方も変わる✨
新体操の歴史を振り返ってみると、ヨーロッパで生まれた芸術的な運動が、世界選手権・オリンピックという舞台を経て、今の姿になってきたことがわかります📝
個人総合と団体総合でオリンピック採用の時期が違うことや、男子新体操が日本発祥であることなど、知っているとちょっと誰かに話したくなるエピソードもたくさんありますよね😊
お子さんの練習を見守るときや、大会を観戦するときに、こうした背景を思い出してみると、また違った視点で新体操を楽しめるかもしれません🎀
まとめ
新体操は1920年代のヨーロッパの手具体操をルーツに、1963年の世界選手権開始、1984年の個人総合オリンピック採用、1996年の団体総合オリンピック採用という流れを経て、今の姿に発展してきました。
日本には1968年に伝わり、独自に男子新体操も生まれています。
長い歴史の積み重ねの上に今の新体操があると思うと、応援にも一段と力が入りますね💪
⚠️ この記事は私自身が調べた情報をもとに書いています。ルールや規定は改定される場合がありますので、正式な情報は日本新体操連盟・国際体操連盟(FIG)の最新情報を必ずご確認ください。


